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    池川明「子どもは親を選んで生まれてくる」

    池川明「子どもは親を選んで生まれてくる」を読む。



    すばらしい出産かどうかを判断する基準は、「赤ちゃんが誕生したときに笑っているか、泣いて不満を訴えているか」だというチェンバレン博士の指摘は、産科医療に関わる者として、身が引きしまる思いです(46P)。


    at 19:14, notomi, 文学

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    三島由紀夫「鏡子の家」

    三島由紀夫鏡子の家」を読む。


    画家の夏雄、拳闘部員の峻吉、エリート商社勤務の清一郎、俳優の収が集まる美貌の資産家令嬢にして良人不在の鏡子の家が舞台。
    心優しく美しいものだけを愛し将来を嘱望されている若い画家・夏雄は、富士の樹海での体験を期に神秘の世界へと傾倒してゆくが、一茎の水仙の花で現実に恢復する。
    あやふやな思考というものを嫌悪し軽蔑する峻吉は、苛烈な拳闘の世界でめきめきと腕と名前を挙げている青年だったが、チャンピオンになった夜に右手を潰されて以後、右翼団体にのめり込む。
    いずれ訪れる世界の破滅だけを信じて、人の望むものを望むこと、他人の欲求を我がものとすることだけを金科玉条とする清一郎は、副社長の娘と結婚しNYへと渡る。
    美しく均整のとれた顔と鍛えた肉体とに存在のすべての価値を置く収だが、それを舞台上で発揮することは出来ない。実家の商売の危機に知り合った借金取りの女社長と不可思議な心中事件を起こして命を絶つ。

    鏡子はといえば、放蕩な生活の末、時代の変遷によるものか、娘の強い希求によるものか、別れていた良人の策略によるものか、経済的困窮によるものか、7匹の犬と良人を再び家に迎え入れることとなって物語は終わる。

    夏雄が思い描く絵やそのモチーフとなる世界を表現している細やかで豊かな文章は、創造の源泉を覗き観る思いで息をのむし、峻吉の試合中の描写は恐るべき疾走感と肉体の確かな躍動を感じて圧倒される。収の体に清美のカミソリが入るシーンでは血のなま温かい粘性と鉄の臭いを感じ、清一郎が自分の人生を生きることを峻拒する姿勢にはまたしても生きる意味についての自己問答を始めそうになる。

    それぞれの美学とストイシズムを堪能し、たくさん新しい単語を覚えた。
    三島文学は、語彙の尋常ならざる駆使と微に入り細に入って時に変質的とも感じる表現の緻密かつ執拗さと、描かれる世界の禁欲的美学とが面白い。

    at 13:36, notomi, 文学

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    岡本和明「子どもも、大人もたのしめる江戸小ばなし3」

    岡本和明子どもも、おとなも楽しめる江戸小ばなし3」を読む。


    ただの薬
    あるケチな男が、病気で寝込んでいました。五日、六日と日がたつうちに、病気はどんどん悪くなっていきます。そこで、家の者が医者を呼んで、薬を飲ませようとしましたが、男は口に手をあてて、けっして薬を飲もうとしません。
    (どうして薬を飲まないんだろう?)と、ふしぎに思っていましたが、女房が大きな声で、
    「この薬はもらったんだよ」というと、男は急に口を開けました。


    最後の願い
    泥棒が、いよいよ首を斬られるときになって、
    「お役人様、ちょっとお願いがあるんですが」と、いいだしました。
    「どんな願いだ?」と、役人がたずねると、泥棒は、
    「首を斬るのはかまわないんですが、のどより、少し上を斬ってくださいな」と、頼みました。
    「なぜ?」とたずねる役人に、
    「今、首におできができてるんですがね、その上を斬られたら痛いでしょう」


    ろくろっ首
    町内の空き家に、ろくろっ首が出るという噂を聞いた男が、本当かどうか、三升の酒を持って、確かめにいくことにしました。男が酒を飲みながら、ろくろっ首が出るのを待っていると、家の戸が開いて、十七、八歳の美しい娘が入ってきました。男が、
    (あの娘がろくろっ首なら、すごい美人だな・・・)と思いながら見とれていると、娘はすこし離れた場所に座り、
    「よろしかったら、お相手いたしましょう」を、首を伸ばしてきます。男は注がれた酒を飲みほすと、こんどは娘に盃をわたし、なみなみとお酒を注いであげます。娘はそれをぐいっと飲みほすと、
    「ああ、おいしい」と、いいながらのどをなでました。それを見た男が、
    「ほかの人より、楽しみが長いからうらやましいね」というと、娘は、
    「そのかわり、薬を飲むときのつらいこと・・・」


    「三軒長屋」や「饅頭こわい」などは、中国の笑話を集大成した「笑府」という明時代に発行された本が現話になっているらしい。岩波文庫から出ているようなので、読んでみよう。

    at 10:41, notomi, 落語

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    古今亭志ん朝「羽織の遊び」

    落語名人会18」より、1982年10月25日三百人劇場にて収録された古今亭志ん朝「羽織の遊び」を聞く。


    若旦那にご相伴して吉原へ遊びに行くことが決まったはいいけれど、「拙の朋友という形で行くのだからして、へんなナリでは困ります、羽織なき者はまたの機会に」ってなことになり、皆、一目散で羽織を調達しに走る。そんなものをもってる知り合いのいない八五郎は、1人置いてけぼりを喰うのが嫌で、頭んとこのおかみさんと押し問答を繰り広げ、サゲへ。

    「羽織」や「羽織の女郎買い」という別名があったり、以前は話がもすこし続いたバージョンもあったそうだ。
    また、羽織は所得があれば誰でも買えるというものではなく、商人なら旦那、若旦那、大番頭、職人ならば親方級しか着ることを許されていなかったらしい。衣服にも身分制度の細かい規制があったのですな。

    今でもリサイクルショップなどで昔の人が着ていた羽織を見ると、裏にあでやかな刺繍がしてあったりして驚くことがある。お金持ちの粋な道楽を見る思いで目に楽しい。

    at 19:43, notomi, 落語

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    古今亭志ん朝「三軒長屋」

    落語名人会18」より、1978年6月24日三百人劇場にて収録された古今亭志ん朝三軒長屋」を聞く。


    「笑府」にある源話は、鉄鍛冶屋と銅鍛冶屋に挟まれた閑静を好む人の話らしい。
    長屋という建物の構造がミソとなっている。

    鳶の頭、質屋の妾、剣術の師範が三軒長屋に暮らしている。
    真ん中の妾さん宅は、両隣からやれ喧嘩の怒声や稽古のかけ声が昼夜のべつまくなしに響きわたるし、時には包丁の刃が壁からのぞき、棚に載せてあるものを避難しなくてはならぬほどに家が揺れる。質屋の企みに両隣が結託して・・・。

    話は三軒の家を行ったり来たりするのだが、舞台の暗転のようなじれったい転換ではなく、一呼吸置くだけで次の家のシーンにきりかえるその技が見事としか言いようがない。

    武士、鳶、商人と身分階級の違うものが同じ長屋続きに住んでいるというのも、話をなお面白くさせているのみならず、歴史的風習も垣間見えて興味深い。
    質屋の伊勢屋は、武士の楠に対しては慇懃無礼なほどの平身低頭ぶりだが、同じ条件の鳶の政五郎にはぞんざいこの上ない上から目線での対応だ。その政五郎は幾人も若いのを抱えて命を張って仕事しているだけあってか遊びにも行くが知恵もあるようだ。プライドと剣術ばかりの楠先生を抱き込んで、お金でものごとを解決しようとする伊勢屋に一杯食わせるのだ。

    ただこれだけでは、店立て(たなだて:家主が借家人を追い立てること)は阻止できまい。伊勢屋をはめた痛快さとそれぞれがふんだくった50両が成果物かと現実的に考えるのは無粋というものか。

    at 19:06, notomi, 落語

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    岡本和明「子どもも、大人もたのしめる江戸小ばなし2」

    岡本和明「江戸小ばなし2」を読む。忘年会の一芸にすごくいいんではないか!?


    泥棒はどこ?
    たいへんに足の速い男が、泥棒を追いかけている途中で友だちと出会いました。
    「そんなに急いで、どこへいくんだ?
    「今、泥棒を追いかけてるんだ」
    「泥棒?泥棒なんかいねえじゃねえか」
    「あとからくる」

    茗荷
    めったにお客がこない貧乏宿屋に、久しぶりのお客がやってきました。
    「ねえ、お前さん」
    「なんだよ?」
    「今夜の客の荷物には大金が入っているようだけど、忘れてってくれたらいいねえ」
    「そうだな」
    「なにかいい方法はないもんかね」
    「オレにいい考えがある」
    「どんな考えさ?」
    「人間、茗荷を食べると物忘れをするてえから、あの客に茗荷をどっさり食べさせるんだ」
    「そんなんで大丈夫かね」
    「まあ、オレにまかせておけ」
    その晩、おかずにも汁にも茗荷をたっぷり使った食事をお客に出しました。翌朝、お客が出ていったあとで、宿屋の夫婦は部屋中をさがしてみましたが、忘れものひとつありません。女房ががっかりしながら、
    「あれだけ食べさせたのに、茗荷はきかなかったみたいだね」というと、亭主は、
    「いや、きいてるよ」とこたえました。
    「どうしてさ、あの客は、なにも忘れていかなかったじゃないか?」
    「や、忘れてったよ」
    「なにを?」
    「宿代を払うのを忘れていきやがった」

    ある先生、授業中に居眠りをしてしまい、弟子に、
    「わしは、弘法大師に会った夢をみた」と、いいわけをしました。翌日、授業中に弟子が居眠りをしたので先生がしかると、弟子は、
    「渡しも弘法大師に会いにいきました」先生が、
    「では、弘法大師はなんとおっしゃっていた?」とたずねると、
    「はい、弘法大師は、きのう先生には会わなかったとおっしゃいました」

    at 11:04, notomi, 落語

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    岡本和明「子どもも、大人もたのしめる江戸小ばなし1」

    岡本和明「江戸小ばなし1」を読む。


    聞いたことのある話しも多いが、それでなお面白いと感じるのは、やはり人の営みに普遍性があるからだろう。以下抜粋。

    泳ぎの達人
    「おいっ、今、そこの川ですごいものを見てきたよ」
    「ふーん、なにを見たんだい?」
    「いやあ、世の中にはあんなに泳ぎのたっしゃな人間がいるんだな。すごいのなんのって、あれじゃあ河童もかなわねえな」
    「どんなにすごいのか、おしえてくれよ」
    「聞いておどろくなよ。そいつはうつむきになったまま、身動きもせずに十町進むと、それからすーっと沖のほうへ出ていったんだ。そのさきは見ないでこっちにきたが、いやあ、たいしたもんだ」
    「そりゃあ、土左衛門だろう?」
    「名前は聞かなかったんで、わからねえや」


    ねずみおろし
    「このごろ、ねずみがやたらと出てこまる。なにかいい退治法はねえかな」
    「そんなのかんたんだよ。まず、米でつくったのりとわさびおろしを用意するんだ」
    「おかしなものを用意するんだなあ」
    「で、のりをわさびおろしにぬってな、棚においておけばいいのさ」
    「ふーん。そりゃあ、なにかのおまじないかい?」
    「ちがうよ。そうしておくと、ねずみがきてはなめ、きてはなめして、ねずみも気がつかないうちに、さいごはしっぽだけになっちまうだろう」


    時そば
    ある男がそばを食べ、勘定をしようとしましたが、一文たりません。そこで男は、そば屋の主人に、
    「おっ、そばや、銭を払うから、手を出しな」というと、銭を1枚ずつわたします。
    「それ、一つ、二つ、三つ、四つ。・・・今、なんどきだ?」
    「へい、五つで」
    「六つ、七つ、八つ」


    夢の酒
    友だちからお酒をもらったので、さっそく燗をして飲もうとしたところで、目がさめてしまいました。
    「あーあ、冷やで飲めばよかった」


    今は昔、「時そば」に似た話しを米朝師匠の高座で聞いた。もう一度あのやらかい大阪弁の上方落語を拝聴したいものだ。


    at 10:19, notomi, 落語

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    多和田葉子「ボルドーの義兄」半ば

    多和田葉子「ボルドーの義兄」を読んでいる。

    「優奈はゴーゴリの愛読者だったので、機嫌の悪い役人のために人が一生をだいなしにしてしまうこともあることを知っていた。」

    「男性を笑わせても意味ないのよ。女性の体内では笑うと幸福ホルモンが解き放たれるけれど、笑いは男性の身体には何の科学的効果ももたらさないんだって。」

    読了していないが、返却せねばならず、一旦断念することとする。

    at 14:59, notomi, 文学

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    古今亭志ん朝「百川」

    「落語名人会14」より、1981年4月12日三百人劇場にて収録された古今亭志ん朝百川」を聞く。


    「百川」は実在した懐石料理屋の名店の、実話から宣伝のために脚色口演されたものと伝わっているらしい。

    奥州地方を思わせる訛が噺の鍵となっているが、この方言の上手いこと。ここで詰まったりアクセントが毎回違ったりしては興ざめだろうが、朴訥で誠実でひたむきな百兵衛さんの人物像は登場する度に確固としてくる。背は低く、痩せぎすで、ちょっと無精髭があって、少し腰が曲がってて、まるっこい顔に並びの悪い歯をもち、よく日に焼けている云々・・・。

    また、気性は荒いが威勢がよく筋を通す河岸の若い衆の描写もすがすがしいし、リーダー格や都合の良い二番手など仲間内での人間関係まで窺えて至れり尽くせりだ。

    両手と顔だけで話しを進め客を世界にひっぱり込む落語は、本当に技術のいる芸だ。

    at 20:45, notomi, 落語

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    BBQ@サッポロビール千葉工場

     恒例と化しつつある、サッポロビール千葉工場でのBBQ大会へ。


    それにしても、酒造会社の方は本当によく飲む。

    職業別の平均寿命というものを見たとき、
    脳外科医がぐぐぐと若かったことは覚えているが、
    もっと詳細な業界別のデータがあれば、どうなのかな。

    at 20:30, notomi, パーティ

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